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平成10年に発行された「しずおかの顔100人」朝日新聞静岡支局編に掲載された小生の部分を抜粋しました。
★自然の素材を活かし遊び心で★ 土屋誠一さん
タイルに砂を吹付け故郷の原風景を彫る。作品展は麻薬のよう
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ふろ場にに使われるタイル。つるつるした手触りに何となく冷たい印象が残る。だが、絵が彫り込まれると、ほのぼのとした温かみのある「作品」に変わる。
タイルを彫刻作品に変身させるのは細かい砂だ。圧縮空気とともに吹付けると、いとも簡単にタイルの表面が削られていく。でも、実際にやるのは難しいのでは。「いえ、そんなことはない。入口は簡単なんです。ただ、何でもそうですが、やり始めると奥はふかいのです」
砂を吹付ける、この「サンドブラスト」の技術はガラス彫刻などによく使われている。やはり最初はガラスから始めた。しかし、「独自のものを作り出さないと、この道では生きていけない。単なる 趣味で終わってしまう」と試行錯誤を繰り返した。
弱気になったこともあった。「やめようか」と妻のみどりさんに相談したらせっかく始めたのだから、もう少しがんばって」しりをたたかれた。そんなとき、インテリアの仕事をしている友人から、客からおもしろい表札を作ってほしいと頼まれている話を聞いた。木や石でないもの。「それじゃあ、タイルでやってみるか」「月の砂漠」のイメージで月とラクダを描き、四人家族の表札を彫った。会社を辞め、独立して1年たったころだった。
これが、評判がよかった。「ひとがやっていない分野なら、ひょっとして」と進む道を見いだした思いがした。いろいろなモチーフで試してみた。それから五ヶ月後、タイルを使った作品展が実現した。「みんな、おもしろがってくれた。正直な話、思いがけず売れたんです。それで、もっと追求してみようと」
身近な自然を題材に本格的に取り組み始めた。「それからです。みんなが『あいつは本気なんだなあ』と見てくれるようになったのは。それまでは奇異な目で見られることもあった」
タイルにゴムシートを張り、シートをカッターで切り抜きながら下絵を作る。これに砂を吹付けると、切り抜かれた部分だけが削れていく。削れて出てくる焼き物独自の素材と、残った表面の色つやのコントラスト、さらに、少しだけ削った「ぼかし」が醸し出す立体感が、魚やザリガニトンボ、木や花などを情緒的に描き出す。
好んで使うフクロウは、四、五年前まで、金谷町の自宅そばの木の姿を見せていた子連れのフクロウがモチーフだ。「無理のない身近な題材」である生まれ育った地域の原風景が、十〜二十センチ四方のタイルの「キャンパス」になじむ。
ほかにも、陶板、れんが、近くの河原で拾ってきた石ころなどを素材に使う。九月に掛川市で開く作品展は、これらの素材を活かした遊び心あふれる展示会に、と意気込む。
「まだ未開拓な分野だから、口で話しても分かってもらえないところがある。一度見てくれた人はまた足を運んでくれる。反響は大きいし、ふらりと入ってきた人と話すだけでも、いろいろな発想が出てくる。作品展は麻薬みたいなところがある」
七月に浜松市で開いた作品展を見て、自宅工房で開いている教室の生徒になりたいと訪れた人が二人いた。それがきっかけで、九月には浜松市でも教室を開くことになった。作品展が刺激を与え、この道を突き進む活力源にもなっている。
「サンドブラストアート」の言葉は自分で作った。タイルを使った「サンドブラスト」に取り組んでいるのは「国内外でもほかにいない」と自負する。いまの目標は、後に続く人も増えて、新しいジャンルとして定着させることだ。「一つの分野を切り開いていく感覚を味あうのは、おもしろいじゃないですか」と、たくましさがのぞく。
「サラリーマンで人につかわれて人生を終わるのが、自分で許せなかった」と不惑を過ぎてからスタートを切った挑戦は、いま「夢に向かって一歩ずつ進んでいる」と言う実感を伴い始めている。(97,8,17)
※だいぶ前の記事ではずかしいのですが、初心を思い出す意味もありまた、小生の「サンドブラスト」についての想いや、この世界に入った考えなどが、よく表されていますので掲載いたしました。少しでもご理解いた だければ幸です。記事の中の、浜松教室は今はやっていません。工房も自宅から新たな場所(島田市菊川)に移っています。 |
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SBS静岡放送
「そこがしりたい」
阿藤 快さんと工房前で
2003,8,5 |
■誠一庵の設備■
サンドブラスト機 小型ー4台 中型ー1台 大型ー2台 移動型ー2台
コンプレッサー 5馬力ー1台 1馬力ー2台 エアードライヤー1台 |
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